エッセイ

なぜ人生に行き詰った人はインドへ行くのか3

インドのおかげで、世界は広く、様々な生き方があると知った私。ネットで知り合った男性と結婚しました。田舎出身の私からすると、びっくりするぐらい最先端の結婚の仕方です。しかし、ここまで来た私も、出産を経て「ママ社会」という新たな井戸に放り込まれてしまったのです。

子育ての中で強烈に感じること。

それは「私の子育ては間違っていないだろうか。」という疑問に尽きます。

これがママ友や、保護者会などを通じて人と接するうちに私を圧迫していきました。

例えば、子供が幼稚園に行く前に、近所の同年代の子供を持つ親たちに根回しをしておかなければならない公園デビュー。あるいは、何かしら子供に習い事をさせておかないと、ママ友同士の会話が無くなり、白い目で見られること。

こういった事に対して、私は、強い違和感を覚えていました。

でも、子育ては自分だけの責任で動くことはできません。なぜなら、子供に災難が降りかかるかもしれないからです。

だから、こんな感じで、自問自答の日々を送っていました。

「自分が普通と思っていたことは普通のコトではないかもしれない。」
「私は何も知らない。」
「分からないから周りに合わせておこう」

インドから新しい刺激を受けて、自分の普通が壊れていった時とは違い、私は、みんなと同じにして、周りの空気に合わせておくという楽な選択をする事にしました。

この決断は、自分を殺すことでもありました。

こんな閉塞感を打ち破りたいと思っていた頃、子供の通っていた英語教室のクラスに、顔立ちの整った日本語ペラペラのインド人の美少年が入学してきました。控えめで物静かな野球少年です。

その彼がある夏、お父さんの故郷を訪ねると、家族で2週間インドに行くことになったと言い出しました。しかも、日本で生まれて日本を出たことのない彼は、現地の言葉は全く喋れないそうです。

それを聞き、私は、あのインドに行けるなんて羨ましいと思うと同時に、全く、言葉が通じない場所で2週間も過ごすなんて、大丈夫なのかと心配な気持ちでもありました。2週間後、私の心配が、全くの杞憂だったという事が分かりました。

帰国した彼に会うと、顔がすっかり変わっていました。そして、目を輝かせてインドのどこが良かったのか、楽しかったのかということを話してくれました。特に、私が衝撃を受けた発言が、これでした。

「インドには何もなかった。でもそこにずっといたいと思った。」

というのも、彼は、いとこたちと野球をしたくてボールとグローブを持って行ったそうです。しかし、インドには何もなく、素手と裸足で野球を楽しんでいたらしいのです。

さらに、彼の母と話してみると、インドでは日本の常識が全く通用しない、ということでした。
それどころか、まだまだ十分に整備もされていない地域であると。それを聞き、私は再び、インドに色々と教わりました。

何も無くたって、自分がいれば、それで良い。ちょっとカッコよく言えば、『自分が自分の世界の主役である確信』という感じかもしれません。

その当時の私を悩ませていた、ママ友と上手に付き合っていくために、浮かないように、目立たないようにおとなしく良い母を演じなくてはという常識も、根底にある何かから崩れていくのを感じていました。

これが、三度目にインドが私の人生を変えた瞬間です!

子供には、本人が主役の人生があるわけです。だから、私が子供のためにママ友との関係を気にしすぎるなんて、あれだけ悩んでいましたが、実は、必要のないことだと気づきました。

こんな感じて、人生を、より俯瞰的に見れるようにり、気が楽になりました。もっと大きいことを言えば、
自分ってなんだ?
私は何のために生きるのか?

こんな重い問に対して、インド人の少年の話を聞いただけで、私なりの答えを得たように感じました。

このように、何かしら人生に行き詰まりを感じると、インドが私に手を貸してくれるのだと確信を深めていきました。

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